【略歴】
1984年09月 磐田市で生まれる
2007年03月 ものつくり大学卒業
2007年04月 事務メーカー入社、企画部にて工業デザイン担当
2010年02月 青年海外協力隊試験合格(村落開発普及員)
2010年10月 フィリピン共和国国家経済開発庁ボランティア調整局
2010年11月 レイテ島タナウアン町町役場農業事務所出向
2013年04月 外務大臣感謝賞受賞
2013年10月 浜松山里いきいき応援隊(地域おこし協力隊)天竜区にて地域づくり
2015年04月 青年海外協力隊静岡県OB会副会長
2016年04月 浜松市中山間地域移住コーディネーター
2017年06月 天竜警察署警察署協議会副会長

【磐田市生まれ】
磐田市出身。その後、東京都、千葉県、石川県、旧栃木県田沼町、栃木県佐野市と父の仕事により転勤。幼少時から引っ越しが多かったと感じます。多くの友人が出来たことはメリットですが、別れも多かった事が悩みです。

【漫画家を目指す】
高校時代、美術部より絵が上手かったため学園祭のポスターをデザインしました。その頃から漫画家を目指し、週間少年ジャンプを発行する「株式会社集英社」へ投稿。大学時代は出版社へ持ち込みをしていました。しかし漫画界の世界はとても厳しく、何万人に1人しか漫画の連載で生活できません。20歳のとき、絵が上手な中学生を知り、漫画世界の広さを圧巻。20才で漫画家の夢は諦めました。

【東京で就職】
漫画家を諦め、就職活動を行ないました。工業高校、工業大学(ものつくり大学)に在籍していたため、工業の知識はありました。また、20才まで漫画を描いていたため、美術大学の学生と同じように絵を描くことが出来ました。少なくとも基礎知識や経験で負けない自信がありました。
工学とデザインの知識があったため大学卒業後、工業デザイナーとして働くことになりました。今思えば「よく採用してくれたな・・・」と感じます。面接時、勝手に会社の主力製品をデザインし、試作品を作り写真を持参してプレゼンしたことが良かったかもしれません。

【入社2年目に筐体をデザイン】
民間企業では本社企画部配属となりました。仕事はハードでしたが楽しく過ごすことが出来ました。また、営業部から筐体デザインを頼まれ担当し、製品化された筐体が今でも東京メトロ全改札口に設置されていることは嬉しい限りです。

【試験に合格、会社を辞める】
「なぜ会社を辞め青年海外協力隊になったのか?」とよく聞かれます。私は当時会社に勤めながら独自でデザインの勉強をしていました。土曜日、日曜日に美術館へ行くことが多く東京都写真美術館へよく行きました。東京都写真美術館の隣には映画館が併設されており、当時フィリピンのゴミ問題を題材にした「BASURA」という映画が上映され、上映当日であったため四ノ宮監督も来ておりました。

また、監督が撮影した過去の映画も上映されていたため、時間があった私は休憩がてら映画を見る事にしました。無粋な気持ちで映画を見たところ・・・とても感動しました。なぜなら今までデザイン、工業関係のみしか勉強せず、国際協力や文化人類学、開発学の世界とは全く畑違いの世界で生きており、初めてゴミ山でゴミを拾い生活する家族が居ることを知りました。

その事実を知ったときから「同じアジアの人間として、自分が何とかしなければ・・・」と思うようになり、フィリピンを支援するNPOやNGOを調べ、そのとき初めて青年海外協力隊を知りました。
また希望する職種があり、試しに試験を受けたところ1回で合格し、会社を辞めフィリピンへ向かうこととなりました。

【青年海外協力隊時代】
青年海外協力隊の詳しい活動内容は国際協力のページに記載しました。こちらをご覧下さい。

【地域おこし協力隊】
約2年6ヶ月フィリピン共和国レイテ島で活動し、2013年4月日本に帰国しました。帰国後フィリピンの町役場で得た、まちづくりの経験を社会還元できればと考えていました。浜松駅近辺が昔から比べると、とても寂しくなっていました。なおかつ天竜区は過疎化・少子化、林業の後継者不足、学校の統廃合や地域の担手不足など多くの課題があり、特に人口減少問題が深刻でした。

今までで得た経験と知識を生まれ故郷の遠州で活かしたいと思っていたところ、タイミング良く「地域おこし協力隊」の募集を浜松市が行なっており、2013年10月から天竜区熊に移住し地域おこし協力隊の制度を利用した活動を行ないました。
地域おこし協力隊(浜松山里いきいき応援隊)の詳しい活動はこちらをご覧下さい。

【浜松市中山間地域移住コーディネーター】
2016年4月1日より浜松市中山間地域移住コーディネーターとして、浜松市中山間地域へ移住する方を案内しています。田舎暮らしがブームになりつつありますが、都市部と中山間地域では暮らし方が異なり、地域の説明、自治会への案内、市の政策の説明、地元団体との調整役を行なっております。特に地元の方は地域の担手になってくれる方を求めており、地域の方と共に暮らす移住希望者を紹介しています。

※移住コーディネーターとしての活動は日々の活動や「てんりゅう暮らし情報局土田facebookをご覧下さい。